3.ポールウオーキングの    マーケティング戦略

日本ポールウオーキング協会会報誌Vol.7、2014年6月号に寄稿した少し古い記事ですが、現在でも有効と思う戦略なので、紹介します。

「ポール・ウォーキング普及のためのマーケティング戦略」
~ヒトからヒトへの展開~

                                
 ポール・ウォーキング(以下、PWと略す)を普及させるためのマーケティング戦略は、「新しいイノベーションでもあるPWは、ヒトからヒトへの口コミで広がる要因が大きい」と考え、ハイテク・イノベーションについてのマーケティング理論である「キャズム理論」を参考にしています。

 この理論の特徴は、イノベーションが普及する過程やインフルエンザが流行する過程などを表す「イノベーション普及率という採用曲線」(あるいは「テクノロジー・ライフサイクル」とも言う)のアーリー・アダプターとアーリー・マジョリティの間には大きな溝、キャズムがあり、革新的なハイテク製品を普及させるにはこの大きな溝を越えなければ成し遂げられない、という主張です。キャズムまでのイノベーターやアーリー・アダプターは変革の人であるのに対し、アーリー・マジョリティからのキャズム以降の人々は、現行の改善を求める人、あるいは進化を望む人であるとの考えです。そして、このキャズムは、新たなイノベーションを採用する人々、即ち新市場の普及率15~18%のところにあると、この「イノベーションの普及の法則」は述べています。
      

 現状(=2014年春)のPWの市場浸透率は、せいぜい数%以下だ、と見ています。それは現在のPW実施者の顔ぶれを見ると判ります。皆さん、好奇心いっぱいの新し物好きです。即ち、イノベーター(2.5%)、かアーリー・アダプター(13.5%)です。しかしながら、昨年から国が全国的にスタートさせた本格的な介護予防施策、ロコモ対策は、追い風です。歩いて歩行数を稼ぎ、合わせて、中強度の運動量を得られるPWは、まさに、メタボとロコモ対策の歩行法でもあるからです。

 従って、PW普及のための当面のマーケッティング戦略の目的は、いかに他者よりも早くスムーズにキャズムを越えるかと言うことです。そのための要諦は、フォロワーであるアーリー・マジョリティの要望に真に応える仕組み・体制作りを如何に早く創造するか、です。参考になる知見・主張をTEDのスピーチの中に5つ見つけることが出来たので、ご紹介します。
①デレック・シバースの「どのように社会運動を起こすか」
 Derek Sivers;How to start a movement (Posted Feb. 2010)
②サイモン・シネック「優れたリーダーはどうやって行動を促すか」
Simon Sinek;How great leaders inspire action (Posted May 2010)
③ダニエル・ピンク「やる気に関する驚きの科学」
Dan Pink;The puzzle of motivation (Posted Aug. 2009)
④アンジェラ・リー・ダックワース「成功のカギは、やり抜く力」
Angela Lee Duckworth;The key to success? Grit (Posted May 2013)
⑤ニコラス・クリスタキス「いかに社会的ネットワークが流行を予想するか」
Nicholas Christakis;How social networks predict epidemics (Posted Oct. 2011)
です。

 いずれも、大変有名な名スピーチです。ぜひ、ご自身で聞いていただきたいのですが、以下は、PWのマーケティングにどのようなヒントを与えてくれるか、考えてみました。

 ①デレック・シバース「どのように社会運動を起こすか」
 3分ほどのビデオ、社会的な運動が起きる様、を示し、どこに注目すべきかの教訓を与えてくれます。ポイントは、「最初のフォロワー」の重要性を指摘したことにあります。従来の社会からすれば嘲笑の対象となり得る最初に行動を起こした人、その一人のバカをリーダーに変えるのが、「最初のフォロワー」だ、という指摘です。新たなフォロワーは、「最初のフォロワー」を真似る、つまり、「最初のフォロワー」が続くフォロワー達に、運動への参加の仕方を教えている、というリーダーシップの一つの形態であるとの解釈です。本当に運動を起こそうと思うなら、リーダーについてゆく勇気を持ち、他の人達にもその方法を示せる人が必要、との教えです。

 我々は、「最初のフォロワー」を「マスター・コーチ」と位置付けています。PWを本気に普及させようとする指導コーチの中から、マスター・コーチを選抜しています。

 ②サイモン・シネック「優れたリーダーはどうやって行動を促すか」
 アップル、ルーサー・キング牧師、ライト兄弟という優れたリーダーを例に、優れたリーダーには、考え行動し人に伝える仕方に共通したパターンがあると主張します。そのパターンとは、単純なアイデア、ゴールデンサークル(中心がWHY、中間がHOW TO、周縁がWHATの三層の円)の内側から外側に向かっている、と言う主張です。人は誰でも、自分たちが何をしているかは分かっているが、なぜやっているかは分かっていません。企業で言えば、「利益」は「なぜ」の答えではありません。普通、人が考え行動し伝えるやり方は、外から中へ、明確なものから曖昧なものへ向かっています。でも、とびぬけたリーダーや組織は、その大きさや業界にかかわらず、考え行動し伝える時に、中から外へと向かうというのです。

我々は、とびぬけたリーダーではないので、この課題に対する答えはまだ見つけていません。ただ、私としては、老齢期から死に向かっては健康長寿であるべきこと(WHY)、その方法がPWのあるライフスタイルで(HOW TO)、実現するための装置がPWの諸サービスだ(WHAT)、と考えています。

ダ二エル・ピンク「やる気に関する驚きの科学」
ダニエル・ピンクは、21世紀型の知的産業で必要となる動機付けを示した「モチベーション3.0」の著者です。旧来のアメとムチのようなやり方は、21世紀型の知的産業ではマッチしないと、いくつかの実証実験の結果を挙げて、教えます。外的な動機付けではなく内的な動機付け、アメとムチではなく「自主性・成長・目的」が、これからの知的社会では重要なモチベーションの方法だ、と説いています。高いパフォーマンスの秘訣は、報酬と罰ではなく、見えない内的な意欲にあって、自分自身のためにやるという意欲、それが重要だからやるという意欲である、というのです。

PWは自分自身のためにやるものなので、この教えは、指導コーチの組織作りに生かそうと考えています。即ち、我々のPW普及のための組織は、営利を追求する縦型組織ではなく、フラットで横に広がる、指導コーチ達によって構成される自律分散型のネットワークが適当と考えています。

アンジェラ・リー・ダックワース「成功のカギは、やり抜く力」
27歳で経営コンサルから公立中学校の教師になった彼女は、IQだけが優等生と劣等生の違いではない、という事実に大きな衝撃を受け、挑戦的な環境に置かれた子供や大人について、誰が成功し、それは何故か、を研究する心理学者に転身しました。その一連の研究の成果として判ったことは、成功者に在る特性は、社会的知性やルックスでも身体的健康でもIQでもなく、「やり抜く力」であるということです。「やり抜く力」とは、超長期目標に向けた情熱や忍耐力で、スタミナがあることでもあり、明けても暮れても自らの将来にこだわることです。「やり抜く力」は才能ではありません。通常は関係ない、むしろ反比例さえすると言います。ただ誠に残念なことは、「やり抜く力」を育てる具体的な方法は分かっておらず、「やり抜く力」を育てるのに一番良いのが「成長思考」(学習する能力は固定しておらず、努力によって変えられると信じること)ということまでだ、というのです。

我々の主張は、人にはいくつになっても身体能力を回復させる力があり、PWを行う者は、その実践者になり得る、ということです。我々が、これから展開するバッジシステム(表彰制度)は、ある著名な疫学的研究に基づいて、一段ずつ階段を上がる毎に、年齢と共に出てくる各種の病気予防に効果が得られるように出来た仕組みです。

ニコラス・クリスタキス「いかに社会的ネットワークが流行を予想するか」
社会的な関係で広がる現象は全てネットワークを介している、と考えられます。ヒトを点で、ヒトとヒトの繋がりを線で表すネットワークです。ネットワークの中心部にある点は、周縁部にある点と比べれば、このネットワークを介する流行には、早めに接触する可能性が高く、また、繋がりを示す線が多いほど、中心部に近いと考えられます。このことから、中心部にある繋がりの多い点をモニターすることで、流行を早期に探知できるはずです。また、インフルエンザの流行を抑えるワクチン投与を、このような人に重点的に行うことで、少ない投与量で流行を小さい範囲に抑えることができると考えられます。著者たちは、ハーバード大学での新型のインフルエンザの発生で、これらのアイデアを検証しています。

この知見の具体的な活用法はまだ我々は考え付いていません。が、指導コーチ達が各自の地元で実践するPW活動を如何に早く展開するか、どの地域から拠点を展開すれば、最速に全国展開でき、より多くのPW実践者を生み出せるのか、などの問題で参考になる知見と思っています。

作成者:峯岸 瑛(みねぎし あきら)
作成日:2022年11月15日

参考文献
1.ジェフリー・ムーア:キャズム (訳者:川又政治 発行所:株式会社翔泳社 初版)

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