2.スタンダード技術の  作用と効果

1)スタンダード技術の作用
スタンダード技術の力学的作用を確認します。

ⅰ)ポールの接地位置とタイミング:横揺れ防止とエネルギー転換の効率性への作用
ポールの先端を、支持脚の足関節横にかかと接地と同時に接地させるので、支持脚の立脚点と、接地したポールの先端と、身体重心の地面上の位置点の3点は、地面上の一直線の上に並び、この直線(身体の向きを表しています)は進行方向に対し直角となり、支持脚と接地したポールで左右真横から重心を支える門構えのような形が形成されます(上図参照)。しかも、ポールはグリップによって、前後にはスイングし易すいが、手首を動かさない限り左右にはスイングせず、ポールを持つ腕の力も強くなっているので、形成される門構えは、左右の揺れには強い構造となっています。ポールは杖歩行の杖のように免荷を目的にはしていませんが、接地したポールで身体を支えることは(ある程度は)可能であり、接地したポールを通じた身体の揺らぎも感知できます。また、支持脚の倒立振り子運動によって持ち上がった重心は進行方向へとまっすぐに落下することになるので、位置エネルギーを前方方向への運動エネルギーに効率的に転換していると考えられます。腕のパンチ動作は、直立2足歩行の左右のバランスをサポートしています。

ⅱ)ポールの倒立振り子運動:身体重心の前方向への移動と上下動の補助作用
ポールと支持脚、2つの倒立振り子の動きは、振られる向きが逆になります。ポールは、接地した先端を支点に進行方向の前方から後方へと振られ、支持脚は進行方向の後方から前方へ振られています。2つの振り子運動は同期して、身体重心を前方向に押し出し、重心はポールの上端と支持脚の上端を結ぶ直線の上方移動に伴い上方に動きます。腕のプル動作は直立2足歩行の前後のバランス運動をサポートしています。

      支持脚とポールのスイング

重心がもっとも高くなるのが、支持脚によって身体が持ち上げられた単脚立脚期です。支持脚上端の高さ、垂直時のポールの上端の高さ、身体重心の地面からの高さがほぼ等しければ、この3点を結ぶ直線は水平面と並行になります。

ⅲ)ポールの長さと支持脚の長さの違い:重心の左右への動きの誘発作用
立脚相を通じ、ポールの高さが支持脚の高さと異なると、いずれかの低い方へと重心は動き、横揺れが生じます。このことから、
a) 横揺れを抑制するには、ポールを支持脚と同じ長さに調整する。
b) 支持脚側に重心をかけることが望ましい時は、ポールをやや長めにする。
c) 支持脚側に重心をかけたくなければ、ポールをやや短めにする、
という操作が考えられます。

ⅳ)ポールの長さと重心の高さの位置関係:身体の前後の安定性の調整作用
歩行中の身体は支持脚と遊脚側のポールによって支えられているので、ポールの上端と支持脚の上端を結ぶ線は、身体の前後方向への「回転軸」になると考えられます。重心の高さがこの回転軸の高さよりも低い場合は、前後方向への回転運動が起きにくく(身体の垂直状態は安定です)、逆に、高い場合は、回転運動は起きやすくなります(身体の垂直状態は不安定です)。
ヒトが獲得した歩行は起立の安定性を身体を前方に傾けて崩します。転倒しないように下肢を交互にスイングして身体を支えバランスを取り戻して転倒を防ぎます。 歩行は、下肢スイングの繰り返しで移動しています。

通常、立位時の身体重心は「回転軸」より上方に位置し、立った身体は前後の方向には不安定な状態になっていると思われます。ポールの長さを長めに調整すると、重心と「回転軸」との距離は短くなるので、てこの原理から身体の前後への不安定性は減ります。

2)スタンダード技術の効果
スタンダード技術の効果について、仮説の域を出ませんが、Q&Aとして記述してみます。

Q1:「右手・左足」のスタート時の「おまじない」について
A1:右手と左足、左手と右足の連動を意識させることで、身体に備わっている上肢の動きと下肢の動きの連動機能をスムーズなものにしていると考えられます。 また、「ポールを持つことで歩行は安定する」という意識は、転倒への恐怖心を減らし、「歩行する」ことを促しているように思えます。

Q2:グリップにより手のひらに作られる関節の効果は?
A2:球形となっているポールの先端と、グリップによって形成された関節があるので、ポールは、腕のパンチに続くプルの動作によって、先端を支点とする倒立振り子のように前方から後方へスムーズにスイングします。また、重心が最高位に達した時には、ポールを持つ腕の肘関節はほぼ90度で腕の力がもっとも強くなり、身体を支えることができます。

Q3:ポールの長さの調整方法の意味は?
A3:スタンダードな方法によるポールの長さ調整によって、ポールはほぼ身体を直立させた時の重心の高さに等しくなり、支持脚の高さより若干高くなります。ポールウォーキング歩行中の身体重心は常に支持脚とポールの2つの倒立振り子運動によって両側から支えられ、重心がもっとも高くなった時には、進行方向から見た構造としては一脚支持から二脚支持の門構えの構造となります。しかも、ポール側が高くなるので、重心には支持脚側に押す力が働くと考えられます。

Q4:遠くを見て、身体全体を垂直にする効果は?
A4:直立2足歩行の倒立振り子モデルによれば、前傾姿勢、後傾姿勢共に、歩行速度を加速させ続けることになります。直立姿勢を保持することは、歩行速度を一定化し、前後への転倒を防いでいると考えられます。

Q5:着地した足のかかと辺りに、反対の手に持つポールの先端を置く動作の効果は?
A5:ポールの先端を接地した足のかかとの横(正確を期せば足関節の横)に置くことで、支持脚の足底とポールの先端を結ぶ領域(支持基底面です)は進行方向に対し直角に形成されます。遊脚はその上を通過し、重心はその領域を進行方向に向かって前進します。身体重心の左右への揺れは遊脚側のポールによって感知できます。支持脚とポールの2つの倒立振り子運動による上方への重心移動で蓄えられた位置エネルギーは、重心の低下と共に放出され、進行方向への運動エネルギーに効率的に変換されます。
また、腕とリンクしたポールの接地により、身体を支える支持点は常に通常歩行時の支持点より増え、片足支持時に2点、両足支持時には3点乃至は4点となり支持基底面を拡大しています。

Q6:「パンチ&プル」の腕の振り動作は?
A6:「肘関節を伸展したままの通常の腕振り」と「肘関節を屈曲したパンチ &プルの腕の振り」を比較すると、後者の腕振りは上体の回旋を大きく早くすると考えられます。
パンチ動作→肩関節屈曲→肩甲骨に伝わり胸郭を回旋→腰椎を回旋する(体幹を回旋)。通常、約4度。
プル動作→肩関節の伸展→肩甲骨に伝わり胸郭を回旋→腰椎を回旋(体幹の回旋)、約4度。
合計では、約8度。このパワーが体幹―骨盤―下肢へと伝達され、歩幅の拡大を誘発し、更に歩幅を半歩(一足分の半分)広くする意識を持つことで、下肢の動きはよりスムーズになると考えられます。

作成者:峯岸 瑛(みねぎし あきら)
作成日:2022年11月15日

文献
1.「パンチ&プル」動作について
2.ポールの先端を立脚の横に置く意味は?

関連記事
1.スタンダード技術とは
3.ポールウオーキング時の重心の軌跡