今年も5月は、NPWA会員の皆さんの活動は活発で多様です。学術ニュースは、「脳の回復機能」と「イメージトレーニング効果の可視化」に関する本邦発の2つの論文の紹介、下畑先生からの最新医学情報、「連載シリーズ:切り替えの物語」のNo.2, No.3です。
1.2026年5月の活動状況
・中嶋 佳奈恵さんの投稿
『園児も頑張っています!!』
・台灣健走杖運動推廣協會さんの投稿
你是不是在公園或平地看過有人拿著「兩支杖」走路,心裡想著:「走路就走路啊,幹嘛還要拿登山杖來健走?」其實這兩支杖是「健走杖」,是歐美流行多年,有效運用到全身肌肉的「健走杖運動」!單純健走多數用到的是下肢約60-70%肌群,但若是加上健走杖,能夠動用全身約90%的肌群,有效提升整體肌力與協調性。這種運動方式不僅適合各年齡層,還能幫助改善姿態,減輕下肢負擔,提升步態穩定性,降低跌倒風險。如果你也喜歡健走,那麼試試看再加上健走杖,一起體驗輕鬆的全身健走運動吧!❤️
・名古屋フィジカル・フィットネス・センターさんの投稿
今日は、ポールウォーキングを用いてのバランス力向上エクササイズをご案内いたしました❗️健康づくりのためにウォーキングや筋トレは一般的ですが、特に中高年者にとっては、このバランス力は大事にしたい体力です❗️なぜなら、転倒予防につながるからです。そしてさらに、動的バランス能力を上げることがポイントです。転倒も歩いていて、走っていてと、何か動作をしている時に転倒します。ですから、動作中のバランス力が大切になってきます。そこでこのポールを用いると、安全を確保する中でこの動的バランス力を刺激することが容易にできます‼️
・校條 諭さんの投稿
玉川上水沿いを風に吹かれて 5月の気まポ(気ままにポール歩き)は、京王井の頭線久我山駅に集合、玉川上水沿いに緑道を進んで、井の頭公園まで2本のポールで歩きました。約5km。 やや強めの風ながら緑道の木々に守られて、快適なポール歩きでした。 沿線に以前あったという養鶏場(産みたての卵販売)や野菜直売所がなくなっていたのは残念でした。 井の頭公園は緑深く、場所場所が多彩な顔で、何度来ても気持ちのよい場所です。 公園を出て近くの八十八夜という名前のレストランで、カンパイ&ランチしました。生ビール組は10人のうち3人。なお、ランチには都合でウォーキングには参加できなかった北村さんも参加しました。 ※写真は今回も半分以上、盟友田村和史君撮影です。
・中村 理さんの投稿
佐久ポールウォーキング協会より 5月駒場例会でした。 初夏(ちょっと早いか)を思わせる快晴青空の下60余名の参加者を迎え公園〜牧場とポールウォーキング三昧でした。 長中短の3コースに体験コースに分かれての闊歩を〜❗️ 皆さん〜 〜フレイル〜何こそ元気元気印の笑顔満載の散策でした。
・スマイルチームさんの投稿
2026.5.5〜10 活動記録 ☺︎中屋敷チェアエクササイズ®︎ 14名 ☺︎スマイルPW 14名 ☺︎スマイルチーム上溝自主練 16名 ☺︎相模原市文化協会祭役員会議 ☺︎相模原市文化協会役員会議 ☺︎青空PW 8名 ☺︎スマイル上溝名簿、チラシ作成 ☺︎上溝地域包括支援センター打合せ ☺︎CSW担当者打合せ
・佐藤 ヒロ子さんの投稿
【賑やかに 爽やかに】 2026/5/11 #船橋ウォーキングソサイエティ #シニアポールウォーキング 歩行力と体力に差があるシニア 外歩きと室内に分かれて 〇室内組は歓声が上がります じゃんけんとボール投げ 勝負、計算、連想と 頭と身体をフル回転で大盛り上がりです。 〇外歩きは感性を豊かに 新緑の旭町緑地公園と熱田神社 パワースポットでエネルギー充電です。
・田村 芙美子さんの投稿
快晴 三浦ネットのグループと逗子神武寺往復ポールウォーキング。前回はNWのメンバーと参りましたが、なんと当日<うっかり><肝心の>ポールを忘れてしまって、冷や汗をかいた😨💦のを思い出しました。 令和6年、開創1300年を迎えた 醫王山 来迎院 神武寺 (いおうざん らいごういん じんむじ) • 天台宗本山 比叡山延暦寺三浦薬師如来霊場札所 第1番 本尊 薬師如来 (伝 行基菩薩作) 724年正月、聖武天皇の命により 行基菩薩が十一面観音・薬師如来・釋迦如来の尊像を彫刻・奉安し、開山された寺院。 遠い奈良時代こんな山奥まで木材を運び立派な寺院を建てた当時の人達の信仰心に頭が下がります。 そして源頼朝政子の信仰厚かったお寺。さらに本堂の横から上に登るとハイキングコースになっていて鷹取山と摩崖仏があります。 古代感溢れた素晴らしい神社。
・Masako Shinchiさんの投稿
ウォーキングポールを相棒に 仲間とめぐる小さな旅 ぽる旅第5弾👣 予定は変わるよどこまでも♩ 見たかった笠間稲荷の八重の藤はすでに散り、お楽しみの落語の会は理由あって延期に😅さてどうするー?ということで急遽内容を変更した今回のぽる旅 笠間という地の懐の深さと、人の温かさを感じる旅となりました😊 /今回巡った場所/ ①笠間日動美術館「97歳セツの新聞ちぎり絵展」(7月20日まで展示 ) ②真浄寺 笠間城の建築物で唯一現存する八幡台櫓見学 ③かさま歴史交流館井筒屋 笠間城に関する情報発信やグッズ販売、様々な展示も楽しみ ④笠間城址ハイキング 佐白公園〜本丸〜千人溜 貴重な石垣跡を見ながら ⑤本日のお昼 鍋屋さんのおにぎりセット🍙🍙600円!と幸せ団子 急な変更に、小中学校時代の同級生や先輩、元同僚の方々が次々と力を貸してくれました。地元で活躍する人たちの温かさとパワーにただただ感動する旅でした 楽しかったーー❗️ 次回のぽる旅は石岡市です😊 茨城に遊びに来てみたくなったかな?
・佐藤 ヒロ子さんの投稿
#坪井公民館主催 【#健康ウォーキング講座】 2026/5/13 公民館は坪井近隣公園の中? なんて素敵な立地条件。 室内で集中して基礎指導 仕上げはお隣の公園に移動 青い空の下で 歩きは前へ前へ 反応も早く呑み込みも早い 参加者の皆様 とても楽しい時間になりました。 次回は更にレベルアップをします。 お楽しみに〜〜 #船橋ウォーキングソサイエティ #講師派遣でウォーキング基礎指導
・田村 芙美子さんの投稿
イベントの多い5月。もう夏のような暑さですがおかわりありませんか。 今年もこちらもサポートいたします。ご参加どなたでもOKです。✨華✨齢と共に自分の身体に目を向けたいですね。
・長谷川 弘道さんの投稿
ポールウォーキング🚶 週2回レッスンを 担当させていただいている Ohana fitness studio 主催の ポールウォーキングイベントに 参加してきました😊 いつも元気パワーをいただける 長谷川先生のご指導は、 とにかく分かりやすくて、 楽しい〜‼️✨ 今回は、 ポールウォーキングの前に 身体の癖チェックや、 歩き方のポイントも学べて、 とても勉強になる時間でした。 指導者としても、 「これ、レッスンに活かしたい!」と 思う学びがたくさんで、 体感しながら学べた贅沢な時間🍀 お客様も、インストラクターも 同じレベルからスタート! みんなでワイワイって良いですね 身体を動かしながら、学び合い、刺激をもらい合い、自然と笑顔になれる。 改めて、こういう時間っていいな…と感じた一日でした😊 開催してくださった智香子先生、 講師の長谷川先生、 イントラ仲間の向井先生、 ご参加された皆さま。 ありがとうございました✨ #Ohanafitnessstudio #ポールウォーキングイベント #midori #身体の調律師 #足から身体を整える
・中村 理さんの投稿
3年後大学1年生等のPW体験会〜❗️
・柳澤 光宏さんの投稿
毎年開催している工場祭!昨年にちょっと届かなかったが700名を越える皆さんにご来場いただきました。ありがとうございますm(__)m 開場30分前には長蛇の列。並ばれる方のお目当てはアウトレット品。トレッキングポールは30分でSOLD OUTだったみたい。 今年導入したスタンプラリー。社長を探してスタンプ押してもらおうというメニューがあり、子どもから大人まで声をかけられとても忙しかった(^.^)社長を探せは好評だったみたいだけど、来場いただいた多くの知人とゆっくり話すことも出来なかったので、来年はどうしようかな~? 社員の一人ひとりが持ち場で力を発揮して、無事終わることができました。
来月以降の開催
・長岡智津子さんの投稿
写真1件
2.PW関連学術ニュース
今月は、脳に関する2つの本邦発の研究論文を紹介します。
2-1)「壊れた脳は治らない」を覆す~脳が自然に治る力を持続させる方法を発見~
**以下、東京科学大学の2026年5月14日付プレスリリースからの抜粋です**
ポイント
脳卒中を起こして脳組織が損傷しても、失った脳機能を取り戻すための回復メカニズムが働くことを発見しました。
脳卒中患者さんの脳は、この回復メカニズムを発症2ヵ月程度で失ってしまいますが、その原因となる因子がZFP384というタンパク質であることを突き止めました。
研究チームはZFP384の働きを抑える薬(核酸医薬品)を開発し、回復メカニズムを失わせずに持続させられることを発見しました。
脳に備わっている「治る」ためのメカニズムを、失わせずに持続させられることから、脳の病気の後遺症を減らす(なくす)治療薬の開発が期待されます。
概要
脳が病気によって壊れると、手足が動かなくなる、言葉が話せなくなる等、脳機能を失います。しかし脳が壊れても、リハビリテーションなどによって、失った脳機能を部分的に取り戻すことができます。このような脳機能回復は多くの患者さんで見られますが、脳が壊れてから2ヵ月程度で回復力を失ってしまう(後遺症が残ってしまう)ことが知られていました。「どうして回復力を失ってしまうのか」、東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 難治疾患研究所 神経炎症修復学分野の津山淳助教と七田崇教授らの研究グループは、東京都医学総合研究所、九州大学、フライブルク大学(ドイツ)と共同で、この長年の謎に挑みました。
研究チームは今回、脳細胞が回復力を獲得して失うまでの一連のメカニズムを解明しました。脳細胞は脳が壊れた後、1ヵ月程度は回復力を持ち続けますが、次第に脳が正常な(脳が壊れる前の)状態に戻ろうとする影響を受けて、ZFP384[用語1]というタンパク質が作られることが分かりました。失った脳機能をまだ十分に回復できていないのに、ZFP384が脳細胞の回復力を失わせてしまっていたのです。
研究チームは、ZFP384の働きを防ぐ薬(アンチセンス核酸[用語2])を開発しました。これをマウスに投与すると、脳が壊れてから1週間後~1ヵ月後に治療開始した場合でも、回復力を失わせずに持続させられることを発見しました。本研究による成果は、「臓器に備わった自然な回復力を、失わせずに持続させられる」ことに成功したものです。これまで回復が困難とされてきた脳をはじめとして、臓器の機能を取り戻す治療法開発に新たな道を開くものです。
本成果は、5月13日付(英国時間)の「Nature 」誌に掲載されました。
図1. 本研究の概要
図3.(左図、右図)ASO-Zfp384 を投与すると、脳梗塞後の神経症状が改善する。
(中央図)ASO-Zfp384 によって神経栄養因子など、修復性遺伝子の発現を持続促進できる。
論文情報
掲載誌:Nature
タイトル:Sustaining microglial reparative function enhances stroke recovery
(ミクログリアの修復機能を維持することは、脳卒中からの回復を促進する)
著者:Jun Tsuyama, Seiichiro Sakai, Kumiko Kurabayashi, Ayaka Nakamura, Eri Tanaka, Yuichiro Hara, Ito Kawakami, Makoto Tsuda, Takahiro Masuda, Marco Prinz, Hideya Kawaji, and Takashi Shichita
DOI:10.1038/s41586-026-10480-0
関連情報
本論文については、岐阜大学の下畑先生が、詳細な解説をFB投稿されています。当ニュースの「下畑先生からの最新医学情報」の2026年5月18日投稿をご覧ください。
2-2)ブレイン・コンピューター・インターフェースを活用して イメトレ中の脳状態を可視化することで運動能力を向上 ― 健常者のパフォーマンス向上やスポーツ、人間拡張分野への応用に道 ―
**以下は、2026年4月13日付の慶応大学のニュース・リリースからの抜粋です**
慶應義塾大学理工学部生命情報学科の岩間清太朗専任講師(有期)、牛場潤一教授、および松岡敦也(修士2年、研究当時)らの研究チームは、ブレイン・コンピューター・インターフェース(Brain–Computer Interface; BCI)を活用し、実際の体の動きを伴わない「運動イメージ訓練(いわゆるイメトレ)」中に、自分の脳状態を可視化し、思念を操る練習を行うことで、脳状態の切り替え能力が向上し、実際の運動パフォーマンスが改善することを明らかにしました。
発表のポイント
ポイント1: イメトレ中の脳内状態を、AIを使って可視化して訓練
・ これまでは本人もトレーナーも、実際の脳状態を知ることができませんでしたが、BCIを利用することでリアルタイムに可視化できました。
・ 脳内に電極を埋め込むことなく、ウェアラブルセンサ(脳波計)とAIだけで実現できた点が画期的です。
ポイント2: 実際に運動せず、イメトレだけで運動能力が向上
・ これまでは、ジムや競技場、楽器やキーボードなど、実際にトレーニングするための「場所」や「道具」が必要で、訓練環境を整備する必要がありました。
・ 時間や場所にとらわれず、好きなときに、好きな場所で、BCIを使って脳の能力を拡張できるようになりました。
ポイント3: 体の動きを司るコントローラーである脳を直接鍛えることに成功
・ これまでのテクノロジーを活用したトレーニングでは、電極を体に貼って計測する心電図・心拍計測あるいは筋電図を利用したものがありましたが、今回は「脳」を対象にしたトレーニングを提案しました。
・ 全身の筋肉に司令を送る脳そのものの活動を訓練すると、実際のパフォーマンスが向上することを示した点が画期的です。
BCI は、本人には自覚できない「脳状態」を可視化し、それをリアルタイムにユーザーへフィードバックすることで脳活動の自己調節を可能にする技術です。同研究チームはこれまでに、脳卒中後の重度まひの機能回復を実現し、大学発スタートアップ「(株)LIFESCAPES」を通じてBCIを医療機器化して、全国60の医療機関への導入を進めてきました。本研究は、病気やけがをしていない健常成人の運動能力をも BCI によって向上させることができることを示し、脳の内部で起きている神経回路の切り替わりの様子を可視化し、詳細な分析をした画期的な成果です。 今後は、対象者や課題を広げた検証、効果の持続性や個人差の評価、実際の運動支援場面での有効性の確認を進め、医療・ヘルスケア・人間拡張・スポーツ分野での応用を目指します。
本成果は2026年4月10日付で『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)』 に掲載されました。
2-3)岐阜大学医学部の下畑先生からの最新医学情報(2026年5月)
・当科も参加した多系統萎縮症に対する抗αシヌクレイン抗体療法の国際治験:AMULET試験が示した「有効性の兆し」
***岐阜大学医学部下畑先生の2026年5月1日のFB投稿です***
多系統萎縮症(MSA)は,パーキンソニズム,小脳性運動失調,自律神経障害を特徴とする進行性神経変性疾患です.現在の治療は対症療法に限られ,疾患進行そのものを抑制する治療は存在していません.こうした状況のなかで,αシヌクレインの異常凝集とその伝播を標的とした免疫療法が注目されています.今回ご紹介するのは,抗αシヌクレイン抗体amlenetugの有効性と安全性を検証した第2相試験(AMULET試験)です.デンマークのLundbeck社が中心になって行い,米国・日本の18施設が参加した国際多施設共同試験です.日本からはAMULET Study Groupとして,私ども岐阜大学,国立病院機構仙台西多賀病院,藤田医科大学の3施設が参加しています.
対象は発症から5年以内のMSA患者(40~75歳)であり,MSA-PとMSA-Cの両サブタイプが含まれています.最終的に61例が治療を受け,amlenetug群40例,プラセボ群21例に割り付けられました(図1).4週間ごとの静脈内投与を48~72週間行うデザインであり,主要評価項目はUMSARS(Unified Multiple System Atrophy Rating Scale)による疾患進行です.48例(78%)が試験を完遂していますが,ドロップアウト率の高さはMSAの臨床試験の難しさを反映していると思います.
さて主要評価項目です(図2).UMSARSの経時的変化をベイズモデルで解析した結果,amlenetug群ではプラセボ群と比較して約19%の進行抑制が示唆されました.しかし事前に設定された有意基準には達せず,統計学的有意差を示せませんでした.ただしこの図から,試験期間で一貫してamlenetug群が良好な状況にあることが理解できます.つまり「明確な有効性の証明には至らなかったが,治療効果のシグナルは存在する」ということです.
ここですぐに思い当たるのは患者集団の不均一性です.図3では事後解析として,ベースラインのUMSARS total scoreが40未満の比較的早期の患者群が検討されており,この群ではより大きな進行抑制効果が示唆されています.すなわち,本抗体の効果は疾患の進行程度に影響を受ける可能性があり,進行例を含む全体集団では効果が希釈された可能性があります.この点は,早期介入の重要性を示唆する極めて重要な知見です.
つぎに副次評価項目に目を向けると,mUMSARSでは約27%の進行抑制が示され,UMSARS part IおよびIIでもそれぞれ22%,17%の抑制傾向が認められました.ただしいずれも統計学的有意差には至っていません.またAppendixにはMRI解析の結果が示されています.橋や小脳白質といったMSAの病変部位において,amlenetug群では体積減少が抑制される傾向が認められました(図4).これも統計学的有意差には至っていませんが,臨床スコアと同様に進行抑制の傾向は一致しています.
安全性に関しては,治療関連有害事象および重篤有害事象の頻度はプラセボ群とほぼ同等であり,大きな安全性上の懸念は認められませんでした.主な有害事象は感染症や頭痛など一般的なものであり,免疫療法としては比較的良好な忍容性が示されています.また,αシヌクレイン関連バイオマーカーの変化から,本薬が実際に体内でαシヌクレインに結合していることが確認されています.具体的には,遊離型αシヌクレインの割合が低下することが示されています.
結論として,本試験の解釈としては「有効性が示唆されるが,患者集団の不均一性から証明しきれなかった試験」だと思います.つまり個体差が大きいため,61例というサンプルサイズでは統計学的有意差の検出が困難であったということだと思います.現在,第3相試験MASCOT試験が当院を含め進行中です.この試験では用量反応の検証と十分な症例数の確保により,真の臨床的有効性を明確に証明する設計へと進化しています.まだ時間はかかりますが,有効性を証明できればと考えています.
Kjærsgaard L, et al. Safety and efficacy of the anti-α-synuclein monoclonal antibody amlenetug for the treatment of patients with multiple system atrophy (AMULET): a phase 2, randomised, double-blind, multicentre trial. Lancet Neurol. 2026 Apr 24:S1474-4422(26)00100-6. doi: 10.1016/S1474-4422(26)00100-6. PMID: 42044642.
・岐阜大学脳内抄読会 第103,104 回 ALSをめぐる重要な2つのトピックス―安楽死とBrain–Machine Interfaceに2人の若手が挑戦
***岐阜大学医学部下畑先生の2026年5月2日のFB投稿です***
今週のオンライン抄読会です.この1か月間,脳神経内科で研修を行った2年目の小森拓夢先生と佐藤健龍先生が,いずれもALSに関する新しく,かつ重要なテーマに取り組んでくださいました.
小森先生は,難病医療における極めて重要かつ複雑な倫理的課題である安楽死について,オランダにおけるALS患者の実態を検討した論文を紹介されました.安楽死を選択した患者さんの背景や理由を丁寧に読み解くことで,患者さんのQOL向上につながる示唆が得られるのではないかという問題意識に基づいた発表であり,大変意義深いものでした.発表後には多くの質問や意見が寄せられ,活発な議論が展開されました.一方で,本テーマは単一の論文だけで十分に論じ尽くせるものではないため,最後に私からも解釈の視点について補足説明を行いました.発表19分,質疑29分でした.
一方,佐藤先生は,ALSの進行に伴い患者さんにとって大きな苦痛となる言語機能の喪失に対し,Brain–Machine Interface(BMI)を用いた支援の可能性についての論文を紹介されました.さらに,関連分野の近年の進歩や基本用語についても整理され,理解を深める内容となっていました.論文のまとめ方も非常に現代的で工夫に富んでおり,印象に残る発表でした.お二人ともBMIに強い関心を持っておられるとのことで,将来的にこの分野での研究に挑戦されることを大いに期待したいと思います.発表12分,質疑15分でした.
van Eenennaam RM et al. Frequency of euthanasia, factors associated with end-of-life practices, and quality of end-of-life care in patients with amyotrophic lateral sclerosis in the Netherlands: a population-based cohort study. Lancet Neurol. 2023 Jul;22(7):591-601. PMID: 37353279.
Card NS, et al. An Accurate and Rapidly Calibrating Speech Neuroprosthesis. N Engl J Med. 2024 Aug 15;391(7):609-618. doi: 10.1056/NEJMoa2314132. PMID: 39141853
・「厚労省 難病患者の支援体制に関する研究班」ホームページのリニューアル ―難病医療に役立つ研究成果物のご紹介―
***岐阜大学医学部下畑先生の2026年5月3日のFB投稿です***
我が国の難病対策は,平成26年に「難病の患者に対する医療等に関する法律」が成立して以降,医療の提供にとどまらず,療養生活全体を支える総合的支援へと大きく発展してきました.この流れの中で,西澤正豊先生を研究代表者とする研究班(西澤班)が制度設計や支援体制の在り方に関する重要な政策提言を行い,その基盤の上に,平成30年からは小森哲夫先生を中心とする研究班(小森班)が,医療・福祉・地域連携を包含した実践的な支援モデルの構築に取り組んできました.
そして令和8年4月1日より,私が研究代表者を小森哲夫先生より引き継ぐこととなりました.これまで研究班を牽引されてきた小森先生をはじめ班員の先生方のご尽力に深く敬意を表するとともに,その成果を継承し,さらに発展させて現場に還元していく責任の重さを感じております.本研究班では,これまでの成果を基盤としつつ,現場のニーズに即したエビデンスの創出と政策提言を通じて,難病患者さんを取り巻く医療・療養環境のさらなる充実を目指してまいります.現在,各領域のエキスパートである多職種の先生方(研究分担者23名,研究協力者13名)とともに,研究を開始しております(詳細はホームページをご参照ください).
https://plaza.umin.ac.jp/nanbyo-kenkyu/
このたびのホームページ改定では,これまで蓄積されてきた研究成果物を整理し,自由にダウンロードしていただける形としました.特に2026年度に公開した以下の8つの成果物については,ご作成いただいた班員の先生方に解説も加えていただいており,日常診療・支援の現場で直ちに役立つ内容となっています.
◆難病患者の災害対策ガイドライン
災害時に必要な支援と多職種連携のあり方を示した実践的指針です.
◆難病患者支援における施設間・職種間の連携-知・技・コツ-
発症期から終末期までの課題に対応するための具体的な連携の方法をまとめています.
◆【別冊】医療機関における就労支援のスキルアップ事例集
多機関連携によって「働く」を支える実践例を提示しています.
◆難病相談支援センターの運営に関する事例集
全国の好事例を集約し,地域格差の是正に資する内容です.
◆大規模災害を経験した訪問看護師から学ぶ
災害時に医療と生活を途切れさせないための実践知をまとめています.
◆難病相談支援センターの運営チェックリスト活用方法の手引き
センター運営の質向上のための評価指針です.
◆難病相談支援センターの運営チェックリスト(EXCEL)
自己評価を可視化し,継続的改善につなげるツールです.
◆難病のケアマネジメント技とコツ「改訂版」
現場で活用できる具体的な支援の工夫をまとめています.
難病診療・支援は専門性が高く,経験の差がそのまま質の差につながりやすい領域です.だからこそ,こうした知識やツールを広く共有し,現場で活用していただくことが極めて重要であると考えています.本サイトが,政策立案者,医療・福祉関係者,さらには患者さん・ご家族の皆様にとって有用な情報基盤となり,我が国の難病対策の質的向上につながることを願っています.ぜひ一度ご覧いただき,日常の実践にご活用いただければ幸いです.
・神経科学の“今”を,一冊でつかむ ―『Annual Review 神経 2026』予約開始―
***岐阜大学医学部下畑先生の2026年5月4日のFB投稿です***
本書は,神経科学におけるこの1年の進歩を一冊で俯瞰できる書籍として,長年にわたり多くの読者に親しまれてきた伝統あるシリーズです.昨年より,鈴木則宏先生をはじめとする前編集委員の先生方からバトンを引き継ぎ,矢部一郎先生,杉江和馬先生,中島一郎先生,堀江信貴先生とともに,編集委員として本書の制作に携わっております.いよいよ5月下旬発売予定です.
本年度版も,神経科学の進歩を多角的に捉え,臨床医・研究者双方のニーズに応える最重要トピックスを網羅した,非常に充実した内容となっております.「Basic Neuroscience」では,基礎医学と臨床医学をつなぐ重要な知見を整理し,「本年の動向」では発症前診断などの最前線や,神経学に革新をもたらし得る新技術を詳述しています.さらに「Clinical Topics」では,新規治療法や診断技術を含め,近年注目される疾患群やトピックスを取り上げ,臨床のアップデートに資する内容となっています.
年明けから全原稿を拝読し,編集作業に没頭しておりましたが,改めて執筆陣の先生方による総説の質の高さに深い感銘を受けました.神経領域の最前線を凝縮した一冊として,自信をもってお届けできる決定版です.ぜひご期待いただければ幸いです.
中外医学社HP
https://www.chugaiigaku.jp/item/detail.php?id=5130
アマゾン
https://amzn.to/4dmVSWE
【目次】
Ⅰ.Basic Neuroscience
1. 神経生理
1) Brain mappingの最近の動向
2) 痛覚システムにおける最新知見
3) AIによる脳波判読システム
2. 神経病理
1) プリオン病における髄液バイオマーカーと治療開発
2) 剖検脳を用いた多系統萎縮症病態研究の最近の進展
3) 神経免疫の視点から見たアルツハイマー病の神経病理学
4) 常染色体顕性遺伝性白質脳症とは何か
3. 生化学(分子生物学)
1) 抗体を用いたin situビオチン標識法による非膜オルガネラ構成因子の網羅的同定
2) ミクログリアとアルツハイマー型認知症
3) 慢性ストレス誘発性うつ病におけるニューロンのエピゲノム制御
4. 画像
1) PSP/CBDの画像所見;J-VAC研究を含めて
2) 日常遭遇する中枢神経感染症の画像診断
3) アミロイド関連画像異常(ARIA)とその周辺病態
Ⅱ.本年の動向
1) 病態修飾療法時代における発症前診断と着床前診断
2) パーキンソン病とAI
3) 微小炎症と神経疾患
4) AIを用いた脳科学とリハビリテーション医療
5) 神経変性疾患に対するseed-amplification assayの現状と課題
6) 運動失調症の患者レジストリ J-CAT の現状と活用
7) 新たな心血管系疾患の危険因子としてのマイクロ・ナノプラスチック
8) パーキンソン病における概日リズムと睡眠研究
9) グリンパティックシステムI研究の最新動向
10)ロボット支援手術 最新の動向
Ⅲ.Clinical Topics
1. 感染症・炎症疾患
1) 帯状疱疹および帯状疱疹ワクチンと認知症
2) HTLV-1関連脊髄症の患者レジストリとデータベース研究
2. 脳血管障害
1) ICT,AIを活用した脳卒中診療
2) Stroke Oncologyの病態機序と治療
3) 頚動脈プラークの画像診断
4) 機械的血栓回収療法の費用対効果
3. 脳腫瘍
1) 脳腫瘍のメチル化解析
2) グリオーマのIDH阻害剤
4. 外傷
1) スポーツによる脳震盪
2) 神経集中治療におけるモニタリング
5. 変性疾患
1) Perry病の臨床・病理・分子機構
2) 筋萎縮性側索硬化症と脂質代謝(SPT関連遺伝子を中心に)
6. 中毒・代謝疾患
1) Niemann-Pick病type Cの病態と臨床
2) マンガンによるパーキンソニズムの病態機序と治療の可能性
3) Leigh症候群に対するミトコンドリア移植療法
7. 脱髄・免疫性疾患
1) 視神経脊髄炎スペクトラム障害の治療の進歩
2) 自己免疫性脳炎Update
8. 末梢神経障害
1) CIDPのアンメットニーズと最新治療
2) RFC1遺伝子関連スペクトラム障害(CANVAS)の臨床遺伝学的特徴
9. 神経筋疾患
1) 多発性筋炎・皮膚筋炎診療ガイドライン2025
2) ミトコンドリアM2抗体筋炎の臨床病理学的特徴
3) 遺伝性筋疾患レジストリRemudyの社会的意義と課題
10. 自律神経疾患
1) 遺伝性ATTRアミロイドーシスUpdate
11. 機能性疾患)
1) てんかん発作分類 解説
2) 遺伝子異常とてんかん
12. 機能的脳神経外科
1) てんかん焦点に対する定位温熱凝固術
2) 精神科疾患に対するニューロモデュレーション
13. 機能性神経障害
1) 機能性神経障害に対する精神的アプローチ
・がんの発生とアルツハイマー病のメカニズムにはつながりがある!?
***岐阜大学医学部下畑先生の2026年5月5日のFB投稿です***
NHK「タモリ・山中伸弥の!?がん克服のカギ」を拝見しました.初めて知ることばかりで驚きの連続であり,勉強になりました.また患者さんを含む視聴者に「希望を持ってもらいたい」とする温かい視座が感じられました.
【番組の要旨;とくに5や6に驚きました】
1. 有酸素運動ががんの再発を抑制する.筋での糖の使用が亢進し,ガン組織における糖の取り込みが減少するため.
2. 血液中のがん細胞が急増して全身の種々のサイズの血管に塞栓が形成されると個体死に至る.
3. がん細胞がその周囲にある正常細胞(線維芽細胞や免疫細胞)の性質を変えてしまう.悪玉になった正常細胞を合成レチノイドを用いて善玉に戻すことで治療につながるかもしれない.
4. がん治療前にリハビリテーションを行い,身体機能を上げると予後が改善する.
5. COVID-19等の感染症に罹患した人は,1〜2年以内にがんの再発や悪化のリスクが大幅に高まり,死亡リスクは最大8倍まで高まる.これは,休眠がん細胞がウイルス感染により放出されたサイトカインによって休眠から目覚め,増殖を始めるため.
6. がんの遺伝子変異は正常細胞では生じないと言われてきたが,健康な50代の皮膚の正常細胞の3分の1でがんの遺伝子変異が起きていた.なんと最初の遺伝子変異は受精から数週間で生じうる.増殖した遺伝子変異を持つ細胞同士は競合するが,より環境に適応したもの(免疫を逃れたり,薬の耐性を獲得するもの)が生き残る.つまりがん細胞はダーウィンの「生存に有利なものが生き残り子孫を残す」という進化の法則に則っている.
7. しかし,喫煙のような生活習慣を改善することで,変異をもつ細胞が減らせることも分かってきている.
【私の感想】
1. がんの発生とアルツハイマー病(AD)のメカニズムにはつながりがある
番組では,「正常な細胞でもがん遺伝子変異が起きる」ことが紹介されていた.当ブログでも紹介したCell誌のADに関する論文(4月30日のブログ参照)でも,全く同じ現象が脳内で起きていることが報告された.アミロイドβなどによる炎症環境が「選択圧」となり,増殖力や炎症反応が高い「がん関連遺伝子の変異を持ったミクログリア」が生き残り,優位に広がっていくというもの.このことから,がんの発生メカニズムとADのメカニズムは,根底で繋がっているのではないかと感じた.
2. がんや老化のメカニズムは「生命のシステムのバグ」ではないか?
「がん遺伝子が変異することは進化の宿命であると同時に,これこそが老化の根本的なメカニズムである」と感じた.前述のCell論文でも,「なぜ加齢が認知症の最大のリスク因子なのか?」という問いに対し,「変異の蓄積と選択にかかる時間」であると明確に説明づけられている.生命が進化するために避けられない「遺伝子変異(システムのバグ)」が時間をかけて蓄積し,環境に適応して増殖した結果が「がん」であり,同時に「老化(ADなど)」でもある――.そのように,壮大な生命のシステムとして語ることができるのではないか.言い換えると,老化とは,一部の細胞が生き残るために利己的な進化を遂げ,その結果として個体を壊してしまうプロセスなのではないか.
3. がんとADの未来の治療アプローチにも共通点がある
がん細胞は運動やレチノイドなどにより環境を変えることで,良性にできるかもしれないというパラダイムシフトが提示された.Cell論文も同様に,ADにおいて,変性する神経細胞やアミロイドβ,タウが標的ではなく,その周囲に存在する環境(=ミクログリア)に対して,がん領域の既存薬(分子標的薬)が治療応用できる可能性を示唆している.病態に共通点があるため治療アプローチも似てくると思った.
かつて新潟大学脳研究所の神経病理の教授から「ADの治療に挑むということは,自分は老化に挑むということだと思っている」という言葉を聞いたことがあり,非常に印象に残っていました.この番組を見て,その言葉を思い出しました.妄想かもしれませんが,がんもADも「老化」という生命の宿命の副産物であって,我々はそれに挑んでいるのではないだろうかと思いました.多くの示唆に富む,素晴らしい番組でした.
・機能性神経障害の診療のコツは「どのようにその診断に至ったのかを患者さんに説明すること」である!
***岐阜大学医学部下畑先生の2026年5月8日のFB投稿です***
International Parkinson and Movement Disorder Society(MDS)の「Clinical Clues」は,運動異常症診療に役立つ実践的なコツを,世界のエキスパートが短時間で紹介する人気シリーズです.今回は,私が尊敬するシンシナチ大学のAlberto J Espay教授による機能性神経障害(FND)診療のポイントについてです.2分弱の印象的なフリー動画がXやInstagramで公開されています.私自身も,新患外来にFND患者さんをご紹介いただく機会が多いのですが,まさに日頃から感じていた大切な視点を,Espay教授が見事な言葉で簡潔に表現してくださいました.診療に携わる脳神経内科医にとって示唆に富む内容であり,大いに共感いたしました.以下,おおまかな日本語訳をご紹介します.
「少なくとも,機能性運動異常症の患者さんの診療において,今から述べること以上に重要なことは思いつきません.それは,『どのようにして診断に至ったのかを患者さんに説明すること』です.さらに,患者さんに認めるその異常な動きが機能性運動異常症の診断基準に合致していると判断するために,医師がどのような見方をしたのかを患者さんに教えることです.そして,それらの異常な動きが機能性運動異常症の病態に特有のものであることを伝えることです.
こうした説明は,患者さんがどのように診断されたのかを理解するうえで非常に大きな助けとなり,その理解は診断を受け入れることにつながります.これは治療において最も重要なステップです.患者さんが,自分に何が起きているのかを理解したうえで診察室を後にすることができれば,その先にある大変な過程にも取り組みやすくなります.なぜなら,機能性運動異常症のリハビリテーションには大きな努力が必要だからです.しかし,その努力は患者さんの意欲によって支えられます.患者さんが,自分が何と向き合っているのかを理解できればその意欲に繋がります.
多くの患者さんは,「以前の担当医たちは自分の病気の診断を分かっていなかった」と思い,私たちのもとを訪れます.しかし,紹介状を見返してみると,その医師たちは実際には患者さんの診断を理解していたことが分かります.ただ,それを適切に伝えていなかったのです!そのため患者さんの心の中で,「誰も自分が何の病気なのか分かっていない」という認識になってしまうのです.そしてもちろん,その結果として「この異常な動きを自ら演じていると思われているのではないか?」「この異常な動きは本物ではないと思われているのではないか?」という思いが生まれます.こうした考えは患者さんにとって有害であり,リハビリテーションの邪魔になります.ですから,医師がなぜその診断に確信を持っているのかを患者さんが理解できるような形で診断を伝えることができれば,それこそが治療における最初の一歩であり,かつ最も重要な一歩になるのです.」
・2026年の2大研究が示す帯状疱疹ワクチンによる認知症リスク抑制効果
***岐阜大学医学部下畑先生の2026年5月9日のFB投稿です***
近年,認知症の発症にウイルス感染や免疫機構が関与する可能性が注目されています.とくに帯状疱疹ウイルス(VZV)は神経系に潜伏し,加齢とともに再活性化することから,神経炎症や神経変性との関連が議論されてきました.今回は2026年になって報告された帯状疱疹ワクチンが認知症発症に与える影響を検討した2つの重要な研究と従来の研究をまとめてみます.
まずLancet Neurol誌に掲載された研究は,Stanford Universityからのもので,カナダ・オンタリオ州の一次医療データベースを用いた大規模解析です.この研究の最大の特徴は,生年月日に基づくワクチン接種資格(生ワクチン;Zostavax)の有無を利用した「自然実験」という手法にあります.すなわち,1945年生まれと1946年生まれという,年齢や生活背景がほとんど同じ人たちを,制度上ワクチンを受けられるかどうかという違いだけで比較することで,生活習慣や健康意識といった交絡因子の影響を受けにくくし,ワクチンそのものの効果により近い形で評価できるようにしています.カナダ全土から抽出された約46万人のうち,オンタリオ州の約23万人を対象とした解析の結果,ワクチン接種資格のある群では,約5.5年の追跡期間において,認知症の新規診断が約2.0%ポイント低下していました(図1).この図は,解析方法をさまざまに変えても一貫して「ワクチン接種対象群が認知症が少ない」という結果を示しており,結果の頑健性が確認されています.さらに,ワクチンプログラムが存在しない他州との比較でも,同様に認知症発症が少ないことが示されており,この効果が偶然や他の要因によるものではない可能性が強く示唆されます.
つぎにNat Commun誌に報告された研究は,米国カリフォルニア州南部からのもので,組換え帯状疱疹ワクチン(RZV;Shingrix)の効果を検討した大規模コホート研究です.対象は65歳以上の約33万人であり,傾向スコア重み付けを用いて接種群と非接種群の背景因子を調整しています.その結果,RZVを2回接種した群では,認知症発症リスクが約51%低下し,ハザード比は0.49(95%信頼区間0.46–0.51)と非常に強い関連が示されました.図2では,累積発症率が非接種群10.64%に対し,接種群5.67%と明確に低下しており,大きな差があることが視覚的にも分かります.さらに,健康志向の高い人ほどワクチンを受けやすいというバイアスを考慮して,三種混合ワクチン(Tdap)接種者との比較も行われましたが,それでもなおハザード比0.73と有意なリスク低下が維持されていました.
これら2つの研究は方法論が大きく異なります.前者は因果推論に強い自然実験,後者は実臨床データに基づく大規模観察研究です.しかしいずれも「帯状疱疹ワクチンが認知症リスクを低下させる」という結論で一致していました.効果の機序については未だ確立されていませんが,いくつかの仮説が提示されています.すなわち,VZVの再活性化を抑えることで神経炎症や血管障害を抑制する可能性に加え,体内に潜伏している他のウイルス(単純ヘルペスウイルスなど)の再活性化も抑制されることで,結果として認知症リスクの低下につながる可能性等が考えられます.話題のミクログリアの活性化も当然促進されると思います.
図3に近年の研究結果をまとめてみました.自然実験研究(ウェールズ,オーストラリア,カナダ)では,いずれも絶対リスクが1.8~3.5ポイント低下し,異なる国や医療システムにおいても一貫した結果が示されている点は重要だと思います.一方,大規模観察研究では,帯状疱疹ワクチン接種によりハザード比で11〜51%低下することが報告されており,特に組換えワクチン(RZV)の2回接種が最も強い効果を示しています(32~51%減少).生ワクチンも組換えワクチンも有効ですが,生ワクチンの効果は時間とともに減弱する可能性が指摘されています(Polisky et al. Nature Medicine, 2025).
以上より,帯状疱疹ワクチンは感染症予防という従来の役割を超えて,認知症予防という新たな意義を持つことはほぼ間違いないと言えます.とくに,高齢化社会において実装可能な介入である点は重要であり,今後の公衆衛生戦略にも影響を与える可能性があります.ただし,観察研究が中心であること,フォローアップ期間が比較的短いこと,機序が完全には解明されていないことが限界であり,今後のさらなる検証が必要です.
Pomirchy M, et al. Herpes zoster vaccination and incident dementia in Canada: an analysis of natural experiments. Lancet Neurol. 2026 Feb;25(2):170-180. doi: 10.1016/S1474-4422(25)00455-7. PMID: 41579903.
Rayens E, et al. Recombinant zoster vaccine is associated with a reduced risk of dementia. Nat Commun. 2026 Feb 9;17(1):2056. doi: 10.1038/s41467-026-69289-0. PMID: 41663414.
・Nature誌100万人ゲノム解析研究が示したリピート伸長病の真実
***岐阜大学医学部下畑先生の2026年5月10日のFB投稿です***
米国Regeneron Genetics Centerから,100万人を超える大規模ゲノムデータを用いて,神経疾患を引き起こすリピート伸長(反復配列異常伸長;リピート expansion)を包括的に解析した研究がNature誌に報告されました.具体的にいうと,ハンチントン病,脊髄小脳変性症,筋強直性ジストロフィー,ALS/FTDなどに認めるリピート伸長について,「一般集団にどれくらい存在するのか?」「どの程度発症と関係するのか?」「症状が出る前から神経変性が始まっているのか?」を検討したものです.私は大学院生時代,この疾患の遺伝子診断や研究に没頭していたので,非常に大きな驚きを持って論文を読みました.
著者らは,UK Biobankを含む7つの大規模コホートから,102万人以上の全エクソーム解析データと,46万人以上の全ゲノム解析データを解析し,HTT,DMPK,C9orf72,CACNA1Aなど37遺伝子座のリピート長を検討しました.
まず非常に興味深かったのは,「病的リピート伸長を持っていても,実際には診断されていない人が多数存在する」という結果です.図1では,「病的リピート保因者の頻度(縦軸)」と「実際の疾患有病率(横軸)」が比較されています.もし「病的repeatを持つ人=全員発症」であれば,点は斜めの線(y=x)の上に並ぶはずです.しかし実際には,多くの遺伝子で点が線より上(ブルー領域)にあります.つまり「病的リピートを持っていても,実際には診断されていない人がかなり存在する」ことを意味します.また各遺伝子名の下に書かれている「%」は「その遺伝子の病的repeat expansionを持つ人の頻度」を表しています.例えばハンチントン病の原因となるHTTの0.04%は「約2,500人に1人が病的リピートを持っていた」という意味です.よって病的リピート伸長保因者は10万人あたり16~53人程度と推定されますが,従来のハンチントン病有病率(3~7人/10万人)を大きく超えています.DMPK 0.09%やCACNA1A 0.027も同様で,病的リピート保因者数が実際の患者数を大きく上回っていました.この結果は,「病的リピートを持つ=必ず発症する」わけではなく,浸透率は100%ではなく,従来考えられていたほど単純ではない可能性を示しています.
また興味深かったのは,リピート伸長の頻度に祖先集団による明瞭な違いが認められた点です.特にCACNA1A伸長は東アジア系集団で高頻度であり,日本や韓国でSCA6が比較的多いことを示した従来の疫学研究と一致していました.一方,DMPK,C9orf72,FXN(フラタキシン)のリピート伸長はヨーロッパ系集団で高頻度でした.この結果は,神経変性疾患の地域差や人種差の背景に,リピート伸長の分布の違いが関与している可能性を示唆しています.私自身,大学院生時代にフリードライヒ失調症の原因遺伝子であるFXNのGAAリピートをlong PCRでひたすら解析していた時期がありました.しかし,何度電気泳動を繰り返しても陽性例が見つからず,「これが人種差か!」と実感したことを懐かしく思い出しました.
さらに本研究では「リピート数が増えるに従って,発症リスクや浸透率が徐々に高まっていくこと」が示されました.特にHTT,DMPK,C9orf72では,リピート長が長くなるほど発症リスクが段階的に上昇していました.従来は「40リピートなど,一定以上のリピート数になると発症する」と理解されることが多かったのですが,本研究では,その手前の“premutation領域”でもすでにリスクが上昇している可能性が示唆されました.つまり,「健常」と「疾患」の間には連続的なグラデーションが存在するということです.
そして本研究で最も重要なのは,「症状が出る前から神経変性が始まっている」ことを,大規模データで示した点です.著者らはUK BiobankのMRIデータを解析し,まだ診断されていないリピート伸長保因者の脳体積を調べました.この結果,非発症HTT病的伸長保因者では,被殻体積が22.1%も減少していました(図2左).つまり,「症状が出るかなり前から,ハンチントン病らしい神経変性が静かに進行している」ことを意味します.同様に,CACNA1A伸長保因者では小脳灰白質体積が24.6%減少し,C9orf72伸長保因者では視床体積が9%減少していました.しかも,これらの萎縮は,それぞれの疾患で最も障害されやすい部位です.つまり,遺伝子変異があるだけではなく,「その疾患らしい神経変性」が発症前から始まっていたことになります.さらに血液バイオマーカーも解析されました.HTT伸長保因者では,神経軸索障害マーカーであるNfLが約1.9倍に増加していました.これは,無症候段階ですでに神経変性が進行していることを支持します(図2右).
本研究は,リピート伸長疾患に対する考え方を大きく変える可能性があります.これまで一般に「症状が出てから診断する疾患」と考えられてきました.しかし本研究は,「症状が出る前から脳萎縮や神経変性が始まっている」ことを明確に示しました.将来的には,もし治療が確立すれば,ゲノム解析と血液バイオマーカーを組み合わせて積極的に,発症前段階で高リスク群を同定し,超早期介入を行う時代が来るのかもしれません.アルツハイマー病研究で進みつつある“preclinical neurodegeneration”という概念が,リピート伸長病にも広がり始めることを予感させます.そして治療開発につなげるために,リピート伸長を持っていても発症しない人のメカニズムを調べる研究が当然始まっているのではないかと思いました.
なお,個人的にも関心の深いDRPLA(ATN1リピート伸長)についても,本研究では解析対象に含まれていましたが,100万人規模の解析にもかかわらず,病的伸長保因者はほとんど検出されませんでした.東アジアでSCA6が比較的高頻度であったこととは対照的であり,DRPLAは日本では重要な遺伝性神経疾患として認識されている一方で,一般集団全体でみると依然として非常に稀少な疾患であることをあらためて印象づける結果でした.
Pounraja VK, et al. Population-scale repeat expansions elucidate disease risk and brain atrophy. Nature. 2026 Apr 8. doi: 10.1038/s41586-026-10345-6. PMID: 41951733.
・米国神経学会プレジデントNatalia S. Rost 先生から学ぼう!
***岐阜大学医学部下畑先生の2026年5月13日のFB投稿です***
第67回日本神経学会学術大会(大会長:西山和利先生)では,American Academy of Neurology(#AAN)との特別企画が開催されます.今回,AAN Presidentであり,ハーバード大学医学部神経学教授でもあるRost先生を日本にお迎えし,AAN Special Lecture,シンポジウム「予防神経学の原理と実践」,そして “Meet the AAN President” が企画されています.国際的に活躍されるRost会長から,予防神経学,リーダーシップ,そして脳神経内科の未来について直接学べる,大変貴重な機会です.
特に “Meet the AAN President ― 若手医師・女性医師が拓く新しい脳神経内科リーダー像 ―” は,5月21日(木)8:00〜9:30,第12会場(パシフィコ横浜 会議センター4F 419)で開催されます.私は三澤園子先生とともに座長を務めさせていただきます.AANは,脳神経内科領域におけるリーダーシップ教育の先駆的存在であり,若手育成やダイバーシティ推進にも長年力を注いできました.今回のセッションが,若手の先生方から指導的立場の先生方まで,多くの皆様にとって,これからの脳神経内科医のあり方やキャリア形成を考える機会になれば素晴らしいと思っております.
また,「予防神経学の原理と実践」シンポジウムは5月21日(木)15:10〜17:10,第3会場で開催され,Rost会長に加え,永山正雄先生,Saef Izzy先生,川本未知先生らが登壇されます.さらに,5月22日(金)8:30〜9:30には,「米国神経学会AAN Rost理事長から日本神経学会会員の皆様へ」と題したAAN Special Lectureも予定されています.
会期中にはAANブース(K-11)もPACIFICO横浜に設置されます.AANの教育コンテンツ,国際活動,キャリア支援,membership情報などについて直接相談できる貴重な機会です.5月21日・22日の10:00〜11:00には,Rost会長ならびにAAN CEOのMary Post氏との meet & greet も予定されています.さらに現在,AAN membershipは2026年残り期間について50%割引キャンペーンも行われています.国際学会活動や海外との交流に関心のある先生方には,ぜひAANブースにもお立ち寄りいただければと思います.私自身もAAN Fellowとして,AANと日本神経学会の橋渡しに少しでも貢献できればと考えております.横浜で多くの先生方にお目にかかれることを楽しみにしております!!
・世界最大GWASが示した視神経脊髄炎スペクトラム障害の病態―多発性硬化症よりむしろSLEに近い!
***岐阜大学医学部下畑先生の2026年5月14日のFB投稿です***
AQP4抗体陽性視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の病態理解を大きく前進させる重要な論文がLancet Neurology誌に掲載されています.世界36施設が参加したInternational NMOSD Genetics Consortiumによって実施された,これまでで最大規模となるゲノムワイド関連解析(GWAS)です.
NMOSDは多発性硬化症(MS)と類似した症状を示します.しかしAQP4抗体の発見以降,MSとは異なる疾患であることが明らかになってきました.しかし,なぜAQP4抗体が産生されるのか,なぜ自己免疫が生じるのかという点については十分に分かっていません.遺伝学的リスクを明らかにするGWASはそのヒントになります.
本研究では,1573例のAQP4抗体陽性NMOSD患者と1260例の対照群を対象に,多民族GWAS解析を行いました.まず患者群の約40%が他の自己免疫疾患を合併していました.そして解析の結果,最も強い遺伝学的リスクとして浮かび上がったのが,第6染色体MHC領域に存在する補体C4A関連変異でした.特にrs1150753という変異は,NMOSD発症リスクを約3倍に高めていました.補体C4は,免疫系における「掃除係」のような役割を担っています.通常は,自分自身に反応してしまう危険なB細胞を除去する働きを持っています.しかしC4機能が低下すると,本来なら除去されるはずの自己反応性B細胞が生き残り,AQP4抗体を作りやすくなる可能性があります.実際,SLEなど他の自己免疫疾患でも,C4A欠損やコピー数低下が病態に関与することが知られており,NMOSDとの共通性が強く示唆されました.最近,この遺伝子,どこかで見たなと思いましたが,それは進行性核上性麻痺のGWAS論文でした.既知の5つの遺伝子座(MAPT,MOBP,STX6,RUNX2,SLCO1A2)に次ぐ新たな遺伝子座としてこの補体C4Aが示されていました(Nat Commun. 2024;15(1):7880).
2つめは,HLA-DRB1*03:01というHLAクラスII遺伝子が同定されました.これは抗原提示に関わる分子であり,自己抗原をCD4陽性T細胞に提示する役割を持っています.特に74番目と77番目のアミノ酸が病気と強く関連しており,自己抗原提示の仕組みそのものがNMOSD発症に深く関わっている可能性が示されました.著者らは,NMOSDは単なるB細胞病ではなく,「自己反応性T細胞がB細胞を助けて自己抗体を作らせるT細胞依存的な疾患」であると考察しています.
そして3つめは,第2染色体のSTAT4遺伝子でした.STAT4は免疫反応を増強するシグナル分子であり,特にT follicular helper細胞(Tfh細胞)の機能に重要です.Tfh細胞は,CD4陽性T細胞の一種であり,リンパ節や脾臓の「胚中心」でB細胞を助ける役割を担います.いわば,B細胞に対して「どの抗体を作るべきか」を教育する司令塔のような細胞であり,STAT4活性上昇は自己抗体産生を促進すると考えられます.興味深いことに,STAT4はSLEやシェーグレン症候群,筋炎など多くの自己免疫疾患でもリスク遺伝子として知られており,NMOSDとの病態の共通性を強く示唆します.
本論文で私が最も印象的だったのは下図です.この図では,各自己免疫疾患の「遺伝学的な近さ」が結ぶ直線の距離として描かれています.するとNMOSDはMSよりも,SLE,シェーグレン症候群,筋炎,サルコイドーシスなどの全身性自己免疫疾患に近い位置に配置されています.これは非常に重要です.というのは,NMOSDがMSよりもSLEや筋炎に近いのであれば,「MS治療薬」ではなく,「全身性自己免疫疾患で有効な治療」を用いるべきという発想につながります.実際,本論文でもSLEや乾癬性関節炎などで開発が進んでいるTYK2阻害薬が注目されています.TYK2はSTAT4経路の上流に存在するシグナル分子であり,本研究ではTYK2遺伝子のP1104A変異がNMOSDに対して保護的に働くことも示されています(この変異を持つ人では,NMOSD発症リスクが約半分になります).
つまり本研究は,AQP4抗体陽性NMOSDは,「補体C4による自己反応性B細胞除去の破綻」,「HLAを介した自己抗原提示」,「STAT4/TYK2経路による自己抗体産生促進」といった病態により生じると推測されます.NMOSDを「全身性自己免疫疾患のひとつ」として考える時代に入ったのかもしれません.
Attfield KE, et al. Identification of genetic risk loci associated with aquaporin 4-positive neuromyelitis optica spectrum disorder: a genome-wide association study. Lancet Neurol. 2026;25:482-491. PMID: 40158564.
・「アミロイドβ一強」から多標的創薬への移行:2026年版アルツハイマー病治療薬パイプライン
***岐阜大学医学部下畑先生の2026年5月16日のFB投稿です***
アルツハイマー病(AD)治療薬開発の全体像を毎年まとめているJeffrey Cummings先生らによる2026年版のレビュー論文が公開されました.著者らは,米国ネバダ大学を中心としたグループであり,clinicaltrials.govに登録された世界中のAD臨床試験を解析しています.本論文は,現在どのような治療薬が開発されているのかを俯瞰できる,非常に重要なレビューです
2026年1月時点で,AD治療薬の臨床試験は192試験,開発中薬剤は158種類に達していました.しかも,その73%が疾患標的療法(disease-targeted therapy;DTT)であり,単なる症状改善ではなく,「発症予防」や「進行抑制」を目的としている点が大きな特徴です.現在進行中の試験に必要な被験者数は54,728人にも及び,第3相試験だけで38,417人が必要とされています.まずAD創薬が極めて大規模化していることが分かります
本論文で最も印象的なのは,もはやAD創薬が「アミロイドβ(Aβ)一強」ではなくなったことです.もちろん,抗アミロイド抗体は依然として重要な位置を占めています.第3相試験では,lecanemab,donanemab, remternetug,trontinemabなどの抗体医薬が進行しています.Remternetugはピログルタミル化Aβを標的とする抗体で,donanemabに似ていますが,よりAβ除去能が強力なようです.特にtrontinemabは,トランスフェリン受容体を利用して血液脳関門通過性を高めた次世代抗体として注目されています
しかし今回のパイプラインを眺めてみて,Aβのみでなく,タウ,炎症・免疫,代謝異常,シナプス障害,血管障害など,多様な病態を標的とした創薬が急速に拡大していることがわかります.実際,本論文では17種類もの病態カテゴリーが治療標的として挙げられていました.その内訳を見ると,最も多いのは神経伝達受容体関連薬で24%を占め,次いで炎症/免疫関連薬が18%,アミロイドβ関連薬が16%,タウ関連薬が9%となっていました(図1).特に注目すべきなのは,炎症/免疫関連薬が,すでにアミロイドβ関連薬を上回っている点です.さらに概日リズム,腸脳相関,エピジェネティクスなどを標的とする薬剤まで登場しています.ADが単一病態ではなく,多因子疾患であるという理解が,創薬に反映され始めたことを示しています.
代謝異常を標的とした治療も非常に興味深い領域です.糖尿病治療薬であるGLP-1受容体作動薬semaglutideが第3相試験に進んでおり,脳内インスリン抵抗性改善や神経炎症抑制を介した疾患標的効果が期待されています.またmetforminも第3相試験に含まれていました.近年,「ADは脳の糖尿病」とも表現されることがありますが,その流れを象徴していると言えます.
さらに,タウを直接標的とする治療も増加しています.BIIB080(diranersen;タウASO),NIO752(タウ ASO),BMS-986446(抗タウ抗体),ARO-MAPT(RNA interference)などが開発されており,タウ病理そのものへの介入が本格化しています.特にNIO752やBIIB080は,タウ mRNAを標的としてタウ産生自体を抑制するASOであり,『タウを除去する』治療から『タウを作らせない』治療へ移行しつつあることを象徴しています.さらにNIO752はPSPに対するPhase 3試験にも進んでおり,岐阜大学でも治験開始予定です.
また本論文で目についたのは,「ドラッグ・リポジショニング」が極めて多いことです.全薬剤の35%が既存薬でした.metformin,nilotinib,edaravone,losartan,levetiracetamなど,他疾患治療薬がADへ応用されています.AD創薬は失敗率が高く,新規薬剤開発には莫大な費用と時間を要します.そのため,すでに安全性情報が蓄積されている既存薬を活用する戦略が取られているようです.
図2は,現在のAD創薬の全体像を示したものです.同心円状に,外側が第1相,中間が第2相,内側が第3相を示しています.さらに,緑は生物学的DTT,紫は小分子DTT,オレンジは認知機能改善薬,青は精神症状改善薬として色分けされています.また,各アイコンの色はアミロイド,タウ,炎症/免疫,シナプス,代謝,血管障害などの病態標的を示し,アイコンの形は対象患者群を表しています.やはり「AD創薬は,もはやアミロイドβだけではない」という現在の流れが理解できます.また,無症候だがバイオマーカー陽性のpreclinical ADを対象とした予防試験も増加しており,「症状が出てから治療する病気」から,「発症前に介入する病気」へと,AD医療そのもののパラダイムシフトが進んでいることも示されています.
Cummings JL, et al. Alzheimer’s disease drug development pipeline: 2026. Alzheimers Dement (N Y). 2026;12:e70251. doi:10.1002/trc2.70251.PMID: 40190791
・脳梗塞後,脳は回復プログラムを停止するが,回復能力を失っていない;本邦からの驚くべきNature論文
***岐阜大学医学部下畑先生の2026年5月18日のFB投稿です***
脳梗塞後の脳の回復能力は,時間の経過とともに失われていくと考えられてきました.しかし今回,東京科学大学などの共同研究グループがNature誌に発表した論文は,この常識を大きく揺さぶる内容です.責任著者の七田崇教授とは,かつて「日本脳循環代謝学会・若手の会」で議論を交わした間柄ですが,脳虚血を免疫学の視点から探究してきた卓越した研究者です.今回の研究を読みながら,「ついにここまで到達したか!」と,大きな驚きと興奮を覚えました.
研究の主役はミクログリアです.ミクログリアは脳の免疫細胞ですが,炎症を起こすだけでなく,修復にも関わります.脳梗塞後には,強力な神経栄養因子であるIGF1を産生する「修復型ミクログリア」が出現し,神経回路再構築,髄鞘修復,シナプス形成を促進します.著者らはIgf1-eGFPマウスを用い,脳梗塞後にこのIGF1陽性ミクログリアが増加することを示しました.さらにこれらの細胞を除去すると神経機能回復が悪化したため,修復に必須の細胞であることを確認しています.
しかし重要なことは,この細胞のその後の運命です.いままで,修復型ミクログリアは時間経過とともに消失すると考えられていました.ところがIGF1を発現するミクログリアを長期間追跡したところ,発症28日後でも細胞そのものは脳内に残っていました.しかしIGF1発現だけが消失していたのです!!図1gでは,過去にIGF1を発現していたことを示すtdTomato陽性細胞は脳内に残存しているものの,現在はIGF1の発現を示すeGFPシグナルは失われていることを示しました.つまり以前,IGF1を発現していた修復型ミクログリアが,現在はIGF1発現を失っているということになります.そして図1hでは,過去にIGF1を発現した細胞のうち,現在もIGF1を発現している細胞(eGFP+ tdTomato+)は時間とともに減少し,一方でIGF1発現を失った細胞(eGFP− tdTomato+)が増加することが示されています.この結果は,修復型ミクログリアが消失したのではなく,同じ細胞がIGF1発現を失って「修復停止状態」に移行したことを示しています.
つぎにsingle-cell RNA-seq解析では,修復型ミクログリアクラスターから,修復停止型ミクログリアクラスターへ連続的に移行するtrajectoryが示され,「別の細胞が出現した」のではなく,「同じ細胞が状態変化した」ことが明らかになりました.近年のsingle-cell biologyの威力を感じました.
次に著者らは,「なぜ修復が止まるのか」を検討しました.そこで同定されたのが転写因子ZFP384です.ZFP384は脳梗塞後後期に増加し,IGF1など修復関連遺伝子群の発現を抑制していました.さらに分子レベルでは,YY1というクロマチンループ形成因子が修復遺伝子群を活性化している一方,ZFP384が増加するとYY1をクロマチン複合体から排除し,修復遺伝子群をOFFにしてしまうようです.つまり脳には,「修復終了プログラム」という仕組みが存在していたことになります.しかもその上流にはTGFβシグナルが存在していました.TGFβは一般に組織安定化や恒常性維持に関わるサイトカインですから,脳はTGFβ→ZFP384経路を使って「修復を終えて安定化へ移行する」のではないかと思われます.
そこで著者らは,近年,臨床応用されているZfp384のアンチセンス核酸(ASO-Zfp384)を作成して脳室投与し,ZFP384の抑制を試みました.すると修復型ミクログリアが長期間維持され,神経機能回復が改善しました.特に驚くべきは図2で,脳梗塞発症29日後という慢性期にASOを投与しても,2つのテストで神経機能が改善していました.これは,「脳卒中回復にはタイムリミットがある」という従来の固定観念を大きく覆す結果です.
さらに著者らは,本当に神経修復が起きているのかを詳しく検討しました.single-cell解析では,オリゴデンドロサイト前駆細胞では髄鞘形成関連遺伝子が増加し,興奮性ニューロンではシナプス形成関連遺伝子が増加し,アストロサイトでは神経可塑性関連遺伝子が増加していました.組織学的にもMBP染色で再髄鞘化が確認され,電子顕微鏡ではシナプス数の増加や成熟シナプス形成が示されました.つまりASO-Zfp384は単に炎症を抑えているのではなく,脳そのものの再構築を促進したことが分かります.
図3は研究全体をまとめの模式図です.脳梗塞後,発症約7日頃にはYY1の転写制御により,修復型ミクログリアが誘導され,IGF1などの修復関連遺伝子を発現します.しかし時間が経過するとZFP384が増加し,YY1による修復遺伝子発現を妨げることで,ミクログリアは修復能を失った機能不全状態へ移行します.一方,Zfp384を標的とするアンチセンス核酸を投与すると,この修復機能の低下を防ぎ,脳卒中後回復を持続させ,機能予後を改善できる,ということです.
ただこの論文を読んでいて,最初から「修復型ミクログリアを長期間維持して,本当に安全なのだろうか?」という懸念が頭に浮かんでいました.生命は極めて精緻な仕組みを備えているので,「きっと意味があって修復モードを終了させているのではないか?」と考えたわけです.つまりZFP384による修復停止は,悪い現象ではなく,本来必要な生理的ブレーキで,脳の恒常性維持に必要なのではないかということです.例えばミクログリアをずっと修復モードに固定すると,不要シナプスの刈り込みがなされず異常シナプスが形成されたり,炎症の慢性化やグリオーシス,IGF1による増殖促進作用などが問題となる可能性があります.また実験では若いげっ歯類を使用しますが,実際のヒトは高齢者で,lipid droplet accumulating microgliaやdisease-associated microglia (DAM)といったいわゆる「疲弊したミクログリア」が対象になります.もちろん著者らもこの辺は了解済みで,「永遠に活性化する」のではなく,「修復機能を一定期間 sustain(持続)する」という慎重な表現を繰り返しています.つまり「ミクログリアをずっと活性化すればよい」という単純な話ではなく,「脳には回復終了プログラムが存在し,それを一時的に解除することで回復期間を延長できる」というアイデアなのだと思います.
いずれにしてもミクログリアは脳卒中だけでなく,認知症,パーキンソン病,外傷性脳損傷など極めて多くの疾患に関わります.今後,これらの疾患で一斉にミクログリアの修復停止に関する検証が進むのではないかと思います.非常に大きなパラダイムシフトをもたらす素晴らしい研究だと思います.
Tsuyama J,et al. Sustaining microglial reparative function enhances stroke recovery. Nature. 2026 May 13. doi: 10.1038/s41586-026-10480-0. Epub ahead of print. PMID: 42129556.
・脳アミロイドアンギオパチーとは何か?―NEJM総説が示した「血管のアルツハイマー病」の本質
***岐阜大学医学部下畑先生の2026年5月19日のFB投稿です***
高齢者の脳出血の原因として知られる脳アミロイドアンギオパチー(CAA)ですが,近年その重要性は高まりました.レカネマブやドナネマブなどAβ抗体治療の普及に伴い,再注目されるようになったわけです.今回ご紹介するのはNEJM の最新総説です.
CAAは,アミロイドβ(Aβ)が脳小血管壁へ沈着する疾患です.ADの老人斑ではAβ42が主体ですが,CAAではより短いAβ40が主体となります.沈着部位は主として皮質・軟膜小動脈であり,被殻や視床など深部穿通枝には少ないことが知られています.このためCAA関連出血は「脳葉型出血」として出現します.
まず病理所見です.図1Aは軽症~中等症CAAです.血管平滑筋周囲に部分的にAβ沈着がみられますが,進行すると血管壁全体がAβで置換されます.Bは高度CAAで,血管壁が同心円状に分離し,“double barrelないしvessel-within-vessel appearance”を形成しています.つまりCAAは「血管そのものが破壊される病態」であることを認識する必要があります.この段階で血液脳関門障害やアストロサイト・ミクログリア活性化が生じ,脳出血へ至ります.またCはCAA-related inflammation(CAA-ri)です.血管周囲へ炎症細胞が集積しています.
つぎに疫学です.非常に頻度が高い疾患で,中等度〜高度CAAは一般高齢者の23%,AD患者では約48%に存在するそうです!しかし重要なのは,病理と症候は一致しないということです.つまり多くの高齢者脳にはCAA病理が存在するものの,実際に脳出血を起こすのは一部ということです.
つぎにCAAが数十年かけて進行するかなり緩徐な疾患であることが強調されています.遺伝性CAA(APP遺伝子変異)研究から,最初の脳出血の30〜40年前には既にAβ沈着が始まり,20〜30年前には脳血管反応性低下が出現し,10〜15年前には白質障害がMRIで検出されるようになるそうです.そして最終段階として微小出血や脳表ヘモジデリン沈着症(cSS),脳葉型脳出血が出現します.つまりCAAは,長い前臨床期を持つ超慢性疾患ということです.
臨床症候として重要なのは脳葉型脳出血ですが,「認知症としてのCAA」も強調されています.CAAは白質病変や微小梗塞を介して認知機能低下に関与します.また非常に重要な症候は,一過性局所神経エピソード(transient focal neurologic episodes; TFNE)です.これは従来“amyloid spells”とも呼ばれていたもので,手→腕→顔,感覚障害→失語のように,症状が数分かけて隣接領域へ拡大します.この経過はTIAとは異なります.MRIでは近傍に,convexity SAHやcSSを認めることが多く,病態としては皮質拡延性脱分極(CSD)が背景にあると考えられています.TFNEとTIAの鑑別は予防療法を行う上で重要になります.
図 2はMRIで,Aは脳葉型出血で,finger-like projectionsを認めます.血腫の辺縁から,白質方向へ指のように細長く伸びる突出を指します.通常の高血圧性脳出血では,血腫は比較的丸く,境界も滑らかですが,CAAでは,血液が脆弱化した白質内血管周囲へ沿って浸潤しやすく,このような所見を呈します.Bの黒矢印は微小出血で,皮質・皮質下優位に存在しています.さらに白矢印はcSSで,現在,TFNE,脳葉型脳出血再発,さらにARIAリスクとも強く関連すると考えられています.Cは半卵円中心の高度perivascular spacesが示されています.これはAβ排液障害を反映すると考えられており,CAAがグリンファティックシステム障害の疾患である可能性を示唆します.DはCAAが多発白質虚血病変を呈することし示しています.EでCAA-riのFLAIR高信号病変で,皮質近傍に非対称性白質病変が出現しており,Aβ陽性血管に対する炎症反応を反映しています.論文ではAβ抗体治療に伴うARIAは,「医原性CAA-ri」である可能性を指摘しています.
さらに図3のMRIは,同号のNEJMに掲載された症例報告のものです.86歳男性のSWIでは,脳葉全体に500個以上の微小出血が認められますが,大脳深部は比較的保たれています.これは「CAAは皮質・皮質下小血管病である」ことを改めて示しています.そしてこれほど多数の微小出血が存在するにもかかわらず,主症状は脳葉型大出血ではなく,認知機能低下と歩行障害でした.これはCAAが慢性白質障害を伴う小血管疾患であることを示唆しています.
治療面では,CAA関連脳出血の再発率が年間7.4%と非常に高いことが強調されています.特にcSSや多発脳葉型出血を伴う症例では再発リスクが高く,心房細動合併症例での抗凝固療法は極めて難しい問題になります.著者はDOAC,左心耳閉鎖術,抗血小板単剤などを症例ごとに慎重に検討すべきと述べています.また血圧コントロール(130/80未満)は極めて重要な再発予防戦略です.また,将来的治療戦略としてAβ産生抑制,Aβクリアランス促進,血管保護が挙げられています.特にAPP遺伝子を標的としたsiRNA治療の第2相試験が紹介されており,CAAが「予防・修飾可能な脳小血管病」へ変わる可能性が示唆されています.
Greenberg SM. Cerebral Amyloid Angiopathy. N Engl J Med. 2026 May 7;394(18):1836-1845. doi: 10.1056/NEJMra2411298. PMID: 42090794.
3.特別企画:AIに訊く
・「連載シリーズ:切り替えの物語 — AIとの対話から生まれた統合理論」No.2, No.3
第2回:SCAN が照らす“境界の世界” — ゆるみ・変動性・再編成
1. SCAN というレンズを手に入れる
前回は、歩行—走行切り替えという身近な現象の背後に、 「変動性の増大」「構造のゆるみ」「再編成の可能性」といった 深い構造が潜んでいることを見てきました。
今回は、その構造を理解するための最初の理論的レンズ、 SCAN(Sensemaking, Complexity, and Actionable Navigation) を取り上げます。
SCAN は、複雑な状況を 秩序(Order)/境界(Liminal)/混沌(Chaos) という三つの領域に分けて捉える枠組みです。
この「境界(Liminal)」こそが、 歩行—走行切り替えの核心にある“ゆるみの世界”です。
2. SCAN の三領域:秩序・境界・混沌
図4. SCAN における三領域(Order / Liminal / Chaos)。境界領域は構造がゆるみ、変動性が増大し、新しい秩序が生まれる可能性が開く。
SCAN の基本構造はとてもシンプルです。
• 秩序(Order) 安定していて、予測可能で、構造がはっきりしている領域。 歩行や走行のように、確立した運動パターンがここに属します。
• 境界(Liminal) 構造がゆるみ、変動性が増え、 新しい秩序が生まれる可能性が開く領域。 切り替えの瞬間はここにあります。
• 混沌(Chaos) 制御不能で予測が難しい領域。 SCAN は混沌を否定しませんが、 切り替え現象の中心はあくまで「境界」です。
SCAN の魅力は、 境界を“創造的な場”として扱う 点にあります。
3. 歩行—走行切り替えは、境界領域で起きている
歩行と走行は、それぞれ安定した秩序です。 しかし、切り替えの瞬間には、次のような現象が起きます。
• 歩行の安定性が低下する
• 変動性(Var⊥)が増大する
• 協調構造がゆるむ
• 新しい秩序(走行)が形成される
これは SCAN の境界領域の特徴と完全に一致します。
つまり、歩行—走行切り替えは 「境界領域での自己組織化」 として理解できるのです。
4. 変動性は“ノイズ”ではなく“ゆるみ”である
従来、変動性は「誤差」や「不安定さ」として扱われがちでした。 しかし SCAN の視点では、変動性はむしろ 再編成を可能にするための“ゆるみ” です。
• 秩序が強すぎると、変化は起きない
• 混沌が強すぎると、構造が保てない
• 境界では、構造がゆるみ、変化が可能になる
歩行—走行切り替えでは、 まさにこの「ゆるみ」が生じています。
5. 境界領域で起きること:探索・揺らぎ・再編成
境界領域では、次のようなプロセスが起きます。
1. 制約が重なり、構造がゆるむ
2. 変動性が増大し、複数の方向を探索する
3. 最短経路で新しい秩序へ移行する
4. 新しい秩序の内部で変動性が収束する
これは、筆者が構築している 制約幾何学 × 階層的再編成 × 最適面 という枠組みと完全に整合します。
6. SCAN は“切り替えの一般理論”の入口である
SCAN は、歩行—走行切り替えだけでなく、
• 組織の変革
• 学習の転換点
• 心のモード切り替え
• 社会システムの相転移
といった多様な現象にも適用できます。
つまり SCAN は、 筆者の統合理論の「最初の柱」として、 切り替え現象を理解するための 普遍的な地図 を提供してくれるのです。
7. 次回予告:VSM が描く“階層の再編成”へ
次回は、 SCAN の「境界領域」で起きる再編成を、 VSM(Viable System Model) の視点から見ていきます。
• なぜ階層構造がゆるむのか
• なぜ新しい階層が生まれるのか
• なぜ切り替えは“最短経路”で起きるのか
これらを、VSM の「階層的再編成」と結びつけて解説します。
***
第3回:制約幾何学 × 最適面~切り替えは“最短経路”として生じる~
1. 歩行と走行は「別の面」に乗っている
前回までの連載では、
• SCAN が示す「境界領域(Liminal)」
• VSM が示す「階層的再編成」 を通して、歩行→走行切り替えの“現象としての姿”を見てきた。
まずは SCAN の三領域を再確認しておこう。
Figure 4:SCAN の三領域(Order / Liminal / Chaos
身体運動を“許される動きの集合”として捉えたときの多面体(polytope)モデル。 歩行と走行は、この多面体の異なる面(face)として表現される。
では、なぜ切り替えは“あのタイミング”で起こるのか。 この問いに答えるために、本稿では 制約幾何学(Constraint Geometry) という視点を導入する。
制約幾何学は、身体運動を 「多数の制約の中で可能な動きの集合」=高次元の多面体(polytope) として捉える。
この多面体の中で、
• 歩行はある“面(face)”
• 走行は別の“面” に対応する。
Figure 5:制約多面体の概念図
身体運動を“許される動きの集合”として捉えたときの多面体(polytope)モデル。 歩行と走行は、この多面体の異なる面(face)として表現される。
つまり、歩行と走行は 同じ多面体の中の“別の場所”に存在する。
2. 最適面(Optimal Face)という考え方
多面体の中には、
• エネルギー
• 安定性
• 制御コスト などが最小になる“領域”が存在する。
これを 最適面(optimal face) と呼ぶ。
速度が低いとき、 身体は自然と「歩行の最適面」に乗っている。
しかし速度が上がると、 歩行の最適面から徐々に離れ、 代わりに「走行の最適面」が相対的に優位になる。
Figure 6:最適面の移動(歩行面 → 走行面)
速度上昇に伴い、歩行の最適面から離れ、走行の最適面へ移動する様子。 切り替えは“突然のジャンプ”ではなく、面間の最短経路として生じる。
3. 切り替えは“ジャンプ”ではなく“最短経路”
ここで重要なのは、 歩行の面から走行の面へ移るとき、 身体は 多面体の中を“最短経路”で移動する という点だ。
Figure 7:切り替え軌道の模式図(最短経路としての遷移)
多面体内部での“最短経路”としての切り替え軌道。 変動性の増大は、最適面からの離脱を示す指標となる。
つまり、切り替えは 突然のジャンプではなく、制約幾何学的に必然の“面移動” である。
4. SCAN × VSM × 最適面の統合
ここまでの議論をまとめると、 歩行→走行切り替えは次のように理解できる:
• SCAN → 切り替えは Liminal(境界領域)で起こる
• VSM → 切り替え時には階層の再編成が起こる
• 最適面 → 切り替えは多面体の“最短経路”として生じる
SCAN が「どこで起こるか」を示し、 VSM が「どう変わるか」を示し、 最適面が「なぜ起こるか」を説明する。
5. 切り替えの“必然性”
歩行→走行切り替えは、 単に「速度が速くなったから走る」のではない。
身体は、
• 許される動きの集合(多面体)の中で
• 最適な面を選び
• その面へ最短経路で移動する
という 幾何学的な必然性 に従っている。
6. 次回予告:3D 最小モデルで“実際に計算する”
次回(第4回)では、 ここで紹介した制約幾何学の考え方を 3D 最小モデル に適用し、
• アトラクタ
• 変動性の増大
• 切り替え軌道 を実際に可視化する。
関連情報&リンク
・今回までの連載シリーズ記事へは、こちらから。
・本連載シリーズに関連する学術資料(論文)は、シリーズの進展に合わせ順次掲載しています。
論文1:SCAN × モード切り替え ・・・・ 掲載済み
論文2:VSM × 階層的再編成 ・・・・ 掲載済み
論文3:制約幾何学 × 最適面 ・・・・ 掲載済み
論文4:3D 最小モデル ・・・・ 未掲載
論文5:統合論文(今回の完成稿) ・・・・ 未掲載
・その他の連載記事へは、こちらから。
(作成者)峯岸 瑛(みねぎし あきら)